犯罪の非可逆性

嘗ての大事件 寝屋川未成年者  殺害事件は 加害者の黙秘により 難航していた。 報道の目は当然  加害者に向けられる。 だが私は報道のあり方に 違和感を覚えた。   其が今回のテーマである『可逆性』。 今回の事件は 『防犯可能』な犯罪であった。 深夜に未成年者が 外を歩いていれば 何らかの危険に 巻き込まれる可能性は 極めて高い。 日本は防犯体制が 他国よりも高く 犯罪発生率も 他国と比べると  低水準である。 然し其れが国民の 犯罪に対する意識を  希薄にし自らの身を 自らで守ると言う 意識を低めている。 犯罪が起きれば 警察が解決して くれると言う慢心が 迚も高いと言わざるを  得ない。 マスコミも事件が 難航すると警察の 捜査上のミスを 指摘し責任を 全て警察に 押し付ける。 然し私はこの 報道のあり方に  異議を唱える。 これ迄も未然に 防ごうと思えば 防げた犯罪は 幾つもある。 被害者側の 防犯意識の欠如が 犯罪を助長させて いると言っても 過言ではあるまい。 外国では 深夜外出を 規制している  国もある。 日本も法的 外出規制の 必要性を  感じている。 事件が起こり 命が奪われて  からでは遅い。 命が奪われて 騒いでも 何の意味もない。 日本人の防犯意識の 低さが招いた事件は 枚挙に暇がない。   これ迄事件が無かった、 何の問題も無かったは  言い訳にすぎない。 これ迄何もなくても これから何があるかは 誰にも予想は不可能。 だからこそ一人一人の 防犯意識が必要。 寝屋川の事件は 国民一人一人の防犯意識が 如何に必要かを 教えてくれる  教訓である。   人一人の命は 地球よりも重い。 失われた命は  二度と戻らない。 自らの身は 自らの手で守る。 これから日本人は 防犯に対する意識を 大きく変えていかねば ならない時期に 来ていると思う。   我々は心理職の立場から mental面での防犯意識の 向上にこれからも努めて 参ります。 https://www.instagram.com/p/CFODuGUASnD/?igshid=pty99pu7z62k